honey    文・黒野みさを

「桜庭、いい時計をしているな」
 そう言うと、桜庭はぱっと顔を輝かせた。
「おっ、進にもわかる~?この間の真ん中バースデーにプレゼントしてもらったんだ~」
「真ん中バースデー?」
 誕生日に真ん中や端があるのか。
「あー、進が知ってるわけないか。恋人同士の誕生日の真ん中の日を新しい記念日にするの」
「恋人同士の……」
 桜庭は俺の顔を見てにやっと笑った。
「セナくんと進の真ん中バースデーも調べてあげよっか」
 すばやく携帯を取り出して、親指を器用に動かす。
「進の誕生日って確か7月…」
「9日だ」
「セナくんは」
「12月21日」
「ほー、即答ですか、さすがですねー」
 桜庭はからかうように言って、なにやら携帯のボタンをすごい勢いで連打し始めた。
 どうしたらこんな器用なことができるのか理解しかねる。
「え、あれ、すごい! 今日じゃん! うわーすごい偶然!」
 ほら見ろよ、と差し出した携帯の画面には確かに今日の日付が表示されていた。
「なんか買ってあげたら?」
「なんかとは、たとえばなんだ」
「えー……時計とか財布とか服とか」
「小早川セナはそういうものをあまり喜ばない」
 前に一度マフラーを贈ったことがあるが、ものすごい勢いで恐縮された。そしてそういう気遣いはいらないとひたすらに固辞された。
 あまり形に残るものを贈られるのが好きではないのかもしれない。そういう質素で控えめなところも実に好ましいと思う。
「そっか、遠慮深い子だからねー……じゃあケーキとかでいいんじゃない?」
「そうだな……甘いものは好きなようだ」
 一度チョコレートをあんまりおいしそうに食べていたので、何度か自分もチョコレートやケーキを買っていったことがある。
『食後に甘いものがあるといいですね』などと言って嬉しそうに笑っていた。
 孫におもちゃやお菓子をどんどん買い与える祖父母の気持ちがよくわかる。
「桜庭、いいケーキ屋があったら教えてくれ。一番うまい店を」
 桜庭は一瞬黙って、それから感慨深げに息を吐いて腕を組んだ。
「いや~……進もそんな普通の男子みたいなこと言うようになったか~」
「俺が普通ではないように聞こえるな」
「自分がフツーだと思ってんなら認識改めた方がいいと思うよ」
 そう言って真剣な顔をした。
「小早川は俺を変人だなどと言ったことはないぞ」
「だから俺が言ってあげてんだろ。篤い友情に感謝しろ」
 小早川とのことに関しては、桜庭に助けられている部分は確かにあると思う。友情ゆえかどうかは不明だが。
「じゃあセナくんに免じて俺がとっておきの店教えちゃおうかな~」
 桜庭はそう言って、プリントの裏に地図らしきものを書き始めた。
「〇〇駅の裏側にあるんだけどさ、ちょっとわかりにくいから地図書くよ」
「わかった」
「こないだ〇〇さんに教えてもらった店なんだけどー、もーすっごい死ぬほどうまいんだよ、特にオレンジのタルトとアーモンドのガレット!まだそんなに知られてない店なんだけどねー」
 桜庭はそう言いながら地図にごしゃごしゃと線を加えていく。
「桜庭」
「ん?」
「お前は地図を書くのが下手すぎる」
「お前ね……友人の親切に対してその言い方どうよ」
「すまん、だがもう少しなんとかした方がいいと思う」
「ご心配痛み入ります」
 そう言って桜庭は地図らしきものを突き出した。
「ついでに俺にもプチフールの詰め合わせ買ってきて、情報料」
 親切ではあるが、そういうところはちゃっかりしている。
「わかった」
「喜んでくれるといいねー」
「そうだな」
 ついでに真ん中バースデーとやらのことも教えた方がいいだろうか。多分小早川セナも知らないだろうと思う。
 また今日はあのとろけるような笑顔を見ることができるだろうか。そう思うと心臓が熱くなるような気持ちになる。
「いやーしかし、セナくんって偉大だよねえ」
 桜庭は感心したような声で言って笑った。
「進にそんなデレデレした顔させるんだもんなー」 
 

おしまい

----------------------------------------------
えーと、「SWEET」の進さん側のおまけ話でした。
私の進セナは2人の愛と桜庭の協力でできています(笑)
これからもよろしく春人!

黒野みさを